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湯山玲子『ビッチの触り方』

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“実践者”であるビッチを触媒に、
生成される「今この時代のフェミニズム」

ヤリマンでもサセ子でも公衆便所でも売女でもない。本書が焦点を当てるのはビッチだ。直訳すればメス犬となるそれは、「ヤりたい男とヤる」という自らの性欲に忠実になって多数の男とのセックスを“自立的”に楽しむ女であり、恋愛/婚姻関係にある男とだけ性交するという社会が要請してきた女性像から逸脱したアウトローであると著者は定義し、彼女たちに爽快感とピカレスクな輝きを見出す。

そんなビッチが顕在化しつつある今日の状況を、草食系男子の増殖など外的要因を求めながら、また阿部定や松田聖子、叶姉妹といった固有名とともにその歴史的系譜をひも解きながら考察。そして「恋愛狂ビッチ」「自己承認欲求系ビッチ」「外人好き系ビッチ」などと類型化してビッチの諸相を炙り出す過程で、ビッチがヒップホップのミュージック・ヴィデオに登場する女のごとき性的肉体を強調した風体とは限らないことが示される。そのとき思い返されるのが、たとえば木嶋香苗だ。あの事件が取沙汰された際に世の男たちが彼女に苛立ったのも、イエという制度を破壊し得るビッチという存在に男性は恐怖を覚え、ヤる相手を主体的に決めるビッチに選ばれそうもない男性はより気分が悪くなるという著者の分析から、納得できなくもない。

ところで、本書の発売を記念して先日催されたトークイベントでは、聞き手を務めた文筆家・五所純子が「ビッチとは形を変えたフェミニズムではないか」と指摘していた。それに対して湯山玲子が否定しなかったのは、かつてのフェミニズム運動が性の規範から女性を解放しようとしつつも、育ちの良いフェミニストたちは自由なセックスを実践できなかったという本書でも述べられる事実を顧みた上で、“実践者”である現代のビッチを触媒に今この時代のフェミニズムを自ら生成しようとしたからかもしれない。とはいえ、イデオロギーに凝り固まった一冊ではなく、軽妙な筆致が女性論への間口を広げており、とりわけ「ビッチ図鑑」は身の回りの女性を(あるいは自分自身さえ)当てはめながらクスクスと読むことができるだろう。

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『ビッチの触り方』
湯山玲子(著)、ひなきみわ(イラスト)/飛鳥新社
□ amazon
http://www.amazon.co.jp/dp/4864101671

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